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ゴミの分別の意味、必要性を疑う。誰のために必要?

 
ゴミ分別
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皆さん、ゴミ捨てってどうやっていますか?

住んでいる自治体の指示に従って、キチンと分別していますか?

自治体の広報などではゴミの分別やリサイクルの流れを子供にも分かりやすく説明されていますよね!私自身も当たり前にゴミの分け方がお知らせされているから、深く考えずに分けていました。住民の義務だと思って。

そんな中、ゴミの分別は無駄だという話を耳にしたのです。衝撃です!あんなに真面目に分けていたのに…。

もし自分が良かれと思って励んでいることに意味がないのなら悲しいので、ちょっとこれについて調べてみました。

 

なぜゴミの分別をしなくていいの?ごみの効果的な処分方法とは?

ゴミ分別表

 

私の住んでいる地域では可燃ゴミ、資源ゴミ(段ボール、雑紙、衣類、ビンは色ごとに、缶、ペットボトル)、不燃ゴミという具合の分け方です。ビンはできるだけラベルを取り、油などで汚れている場合は不燃ゴミにするルールです。

ビンのラベルが剥がれやすいものもあれば、濡らしても温めてもベタベタと取れにくいものもあり、分別することに気が重くなっていました。

以前住んでいたところはプラスチックゴミも分けていたように思います。

とにかく、分別が面倒というだけでなく、分別用のストッカーが場所を取ることも気に入らないのですが、みんなやっていることだし、罪悪感もあったので割とまじめに分けていたのです。

以前親から、住んでいる地域のゴミ焼却炉が新しくなって性能が良くなったので、プラスチックも可燃ごみになるんだと聞かされたことがありました。

性能が良くなって便利になったね、と思っていましたが、実は最近の焼却炉は思っているよりも更に性能が良くなっているようです。

プラスチックだけでなく家庭で出る程度のビンなら一緒に入れて燃やしても大丈夫で、溶けたもの(スラグと呼ばれる)が自然に分離できて取り出せるそうです。もしそれが本当ならビンを分別する必要はないですよね。

それより何より聞き捨てならないのが、折角分別したペットボトルや発泡トレーも、最終的には生ゴミなどの可燃物と一緒に燃やしてしまうのだそうです。

ペットボトルは使うと劣化するため、リサイクルすると新品を石油から作るよりコストがかかってしまうからだとか。リサイクルするための費用の方が一から作る原料よりコストが高いのですね。

紙も同じです。古紙を使ってリサイクルするとパルプから新しい紙を作るコストの倍はかかるそうです。

多くの住民の手をかけ分別し、いくつもの自治体の委託業者が回収したものを集めて一緒に焼却してしまうのです。ということは、無駄に分別をしない方がいいのでは?と思いませんか?

どうしてコストや手間がかかることをわざわざやっているのでしょうか?

 

それでもゴミの分別をする理由【仮説】

ゴミ収集車

 

ここでこんな説があります。

お役所というのは「エコ」とか「環境」などの大義名分で行う事業が好きですよね。その名目のために働く職員が大勢いるのです。その職員たちに仕事を与え、給料を払うために業務をシンプルにしたりコストカットしたりするわけにはいかない、と。

うすうすこの作業は不要なのでは?と気づいている人はいるでしょうが、コストカットのために業務のスリム化をあっさりしてしまうと、今までの分別はなんだったの…?と、住民から不信感を持たれてしまう。

「エコ」と「環境」を銘打った事業には国民感情として賛成したいし、そのために多くの税金が使われても文句をつけにくいですよね。

私たちもリサイクルの一端を担うことで、善行を積んでいるかのような錯覚をしている。

それを逆手に取っている誰かがいる。

この説、全くの想像だと言い切れますか?ゴミを分別する意味が無い理由がこんなにもネットに溢れています。誰か一部の人が得をするシステムになっていると考えた方がしっくりきませんか?

 

ゴミの分別ついてのまとめ

ゴミ捨て場

 

調べていくうちに、何やらきな臭い感じになってきました。ネット上にはかなり強い口調でゴミの分別を非難している意見もありました。行政と一部業者の癒着なんじゃないか、と。

もちろんこれは推測の域を出ていません。

行政に限らず古い体質の企業や団体では一度予算を減らしてしまうと、増額したり新たに名目を作ったりするのはとても労力がいることです。今の状況を維持するためには迂闊に予算を減らすことはできません。

悪意は無くとも保守的になりがちなのでしょうね。

全く関係のない話かもしれませんが、この件からベルマークの事を思い出しました。なんとなく近いんじゃないか?と。

何十年も前からいまだにベルマーク集めが続けられています。

忙しい現代の家庭では、様々な形の商品パッケージからひっそりと印刷されているベルマークを切り取るなんていちいちやっていられません。でもPTAでは相変わらず集めたベルマークを分類分けし、学校用品に交換しているのです。

保護者が忙しい合間をぬって切り取って回収して、分類分けのためにまた集まって…。だれもが保護者の時給が一番高いと分かっているけど、「子供たちのため」という大義名分のためにやめられない。

日本人は大義名分のためなら、理屈じゃなく手をかける(気持ちを表す)ことが美徳と考えがちですね。

本当に有効なのはゴミを細かく分けるために手をかけることじゃなく「ゴミ自体を減らすこと(消費しないこと)」なんですよね。ただ人間である以上消費しないと生きていけないので、リサイクルより如何にゴミ自体を減らせるかということも注目していきたい、と改めて思いました。

 

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